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2017年を振り返る

今年はどんな年だったか・・振り返っているうちに、いつの間にか音楽人生そのものを振り返ってしまいます。

私の場合ギターさえあれば音楽ができるわけで、そのフットワークの軽さは今年は出せたと思います。そして、今後も継続していきたいと思います。
お客様の前で自分の素の音を出す喜び、これはエレクトリック楽器の奏者には想像できない喜びかもしれません。
しかも自分の曲を演奏できる。
しかもギターという、音源に直接指が触れる楽器で。
これ以上素を出せと言われても、血の一滴も出ないでしょう。
では”素”とは何か。と問われると、そのようなひとことで確定したようなものは存在しない幻想だとも思うわけです。
伊藤賢一はギターを志した当初から一直線に理想に向かっている、と思われているフシがありますが、決してそうではありません。
私の内情は”理想”などとは程遠い。
”あきらめ”。その次に”素直さ”。そして”はったり”。
”あきらめ”というのは一番わかりやすいのですが、自分より凄い人間(音楽家、演奏家)と直面する時にそれは起こると思います。
直面するまではおぼろげなものであったのに、実際に目の当たりにすると次に自分はどうすれば良いのかという問題にぶち当たる。
更に、活動を進めれば進めるほど自分よりも凄い人ばかりと出会う。いや、これはもしかすると自分が最も足りていないのでは・・と、ようやく気づく。本当の活動はその地点から始まるのかもしれません。少なくとも、自分はそうだったと思います。
すごい方々と出会う度に自分を見つめ直し、あきらめるところはあきらめながら進んでいく。進むためには自分の見栄や虚栄心にいつまでもこだわっていては、その人から刺激も受けられない。
次の”素直さ”と”はったり”は自分にとってはセットです。
自分の事を素直だと言うのは全く愚かなことだと思いますが、要するに”素直”に行動するためには、”はったり”が必要なのです。
とにかく演奏しに行ってみること。企画してみること。やってみて恥をかき、反省し、しかも満足すること。そのひとつひとつが積み重なって次に繋がっていく。そこに、”足りてるかどうか”は関係ありません。はったりでも何でも、今できることを精一杯やらない限り次は無いのです。
そのように自分の体を向けているうちに、活動がどんどん素直な方向になっていく。
体を向けるべき時に、心などに素直に従ってしまうと、焦りや劣等感で動けなくなると思います。
はったりでも何でも体を向けていくと、心もまた不思議と鍛えられる。
そんな感じで17年演奏活動してきました。
毎年すこしずつ広がっていってる実感。その感触は自分だけの宝です。
来年もまた、磨いていけたらと思っています。
author:伊藤賢一, category:生活, 13:33
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