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オーディオ復活

うちのオーディオを組んでくれた友人に、メンテをお願いした。

 

明瞭感があり、とても良い感じです。

バンドサウンドではバスドラやタムの抜けも良く、ベースの輪郭が以前に増してはっきりしている。

オーケストラでは、クレッシェンドやアッチェレランドの「開始」が良く伝わるようになった。

小音量でも聴きやすくなり、今後夜更かしが増えそうな予感がする。

 

オーディオに何を求めるかは人それぞれだけど、やはり音楽を楽しみたい。

音楽というよりも、「音」そのものの質感や再現性を求める向きも理解はできるが、音楽は「音」だけでは無い。

では「楽」とは?

 

それは演者や作者の意図そのもの。平たく言えばそこで何をやってるか。

表出した曲想だけでなく、演者の匂いであり、意図の速度であり、そういった諸々が、良いオーディオにかかると再現されるのだと感じる。

 

例えばシンフォニーで鬼のごとく突進するトスカニーニが、実力を認めるピアニストとのコンチェルトでは柔の指揮者に豹変する。

剛と柔の対比のみに焦点が当たるのがチープなシステムだとすれば、一歩進んでどちらの演奏にも「表現の開始の鋭さ」や「終止の厚さ」という共通点があるのを比較的容易に発見できるのが良いシステムだと思う。

 

クラシックのみならず、音楽の表現というものは一朝一夕には叶わない。磨き続ける過程はとても「楽(らく)」なものとは言えないが、苦しみながら音を使って意図していく事自体を「楽しむ」と呼ぶのだろうと思っている。

それを鑑賞し、聴く度に様々な発見をするのもまた「楽しい」ことだ。

author:伊藤賢一, category:音楽, 00:02
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